2009/10/22

やっぱり、僕は片付けができない。

①定言命法で片付けできない。
先日、ウチにWiiが来た。


バイト先で借りてきたのだけれども、部屋の中に設置する所がない。

部屋が汚すぎる。

そこで片付けを始めた僕は、かなり久しぶりに片づけをしていることに気付いた。

これまでも何か必要に迫られなければ、片付けをしなかった。

友人が来るからとか、………、てかそれしかない。

僕は「きれいなお部屋」というものに無関心。

「格率が普遍的法則となることを、汝が同時に意欲しうるようなそういう格率に従ってのみ行為せよ」

とカントは言ったけれど、

僕には「部屋をきれいに維持する」ということを格率として持つことができない。

そのかわり「Wiiを置いて、コントローラーをブンブン振り回してプレーしたければ、部屋をきれいにせ

よ」という仮言命題は、諸手を挙げて受け入れている。

いい加減な人間ですね。


②子供心とは

知らぬ街、十字路で、ワクワクしちゃう 好奇心。



③無駄を省く

『史記』に「年老口無歯」という表記がある。

「年老いて口に歯無し」ということを意味しようと書かれたものらしい。

後代のある研究家は、これを「老無歯」と書き換えてシンプルにした方が良いといったらしい。

確かに、老いるのは年であるし、歯の生えている所は口なのは分かり切ったこと。

無駄に言葉を足して冗長に語る必要はない。

昔なら墨と余白の無駄。

今日なら、インク、もしくはタイプのための時間とエネルギーの無駄。そして余白、もしくは示電力の無
駄。

こういう教訓になる話というのは、他人にしゃべりたくなるオチのある話より、よく覚えられる。

2009/10/05

レギンス

①美人な人がレギンスを履いていたんだけれど、

右足の方だけ、少し上がっていた。

長さが左右非対称になっていた訳です。

美人なお姉さんだっただけに、ちょっと残念だった。


②学校の勉強部屋は4階にあります。でも男子トイレは奇数階にしかありません。

トイレに行く時は、なぜか三階に行ってしまう。

なぜか五階ではない。なんでだろう。

五階も三階も、上り、下がる回数は同じなのに。

4階まで登るとき3階を通ってくるからかな。

五階より三階に、親しみや共感に近いものを感じているからだと思う。

2009/09/20

昨日の世間話から

女の人は好きな男の趣味に、自分を合わせることが多いらしい。

だから、別れた後、その趣味に合わせ買った物が急に要らなくなることがある。

そういう女性に出会って、要らなくなったものを安く買えることがある。

自分は結構得しているのに、その得を素直に喜べないことがある。

2009/09/19

きれいな部屋のために

自分の部屋に帰って唖然とする。

部屋が汚すぎる。

台風の後の様だ。

これも僕の片づけられない体質のせい。

脱いだものは脱ぎっぱなし。

「お前はセミか」とよく言われた。

だから、そんな自分から一皮むけ、脱皮し、変態を遂げるために、

今日から、気持ちの切り替えを行います。

「脱いだもの、あるべき場所から取り出したものを片付けなかったら、死ぬ」

と考えます。

2009/09/15

かっこいい。

理系に進んだある人が、その理由に
「自分の苦手な数学をどうにかしようと思ったから」
と言っていた。

2009/08/27

まじめな言葉

①まじめな言葉
愛する人に真面目に愛を告白するとき「大好き」と言う人は多くはないだろう。
むしろ「好き」と言う人の方が多いと思う。
真剣に何かを言う時、「すごく」や「とても」という言葉は、それがまさに強くしようとしている言葉の意味を軽くする。
そういう状況では、普段簡単に使っている普通の言葉の方が、伝わる意味が重たかったりする。
これがシンプルの強さでもある。

②想像を掻き立てる言葉
「土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見た」

この有名なよさこい祭りの掛声で、多くのことが想像できる。
名文です。

③想像を掻き立てるワンシーン
夏が終わり、新しい季節が始まる。
「新学期が始まって、久しぶりに会った気になる女の子の手の薬指にある指輪の日焼けの跡」
この光景は、見た者にショックとともに多くの妄想と想像を与える。

2009/08/02

NHK教育を見て

①ブーム
今日テレビの中で、いとうせいこうかダンカンのどちらかが
「ブームって、いつか終わるんですよ。」と言っていた。
一見華やかに思われる「ブーム」という語の持つ、儚さの面を見た気がする。

②矢沢
矢沢栄吉さんがかっこいい。
昔の『YOU』という番組の中で、矢沢さんが矢沢さんのファンへ向けて言っていた「そしたら君、YAZAWAになれるよ」という一言に心奪われた。
これだけ自信を持って、「成功」、「夢の成就」などのポジティブな言葉を自分の名前で言い表してしまう人もいないなと思った。