2012/09/05

スペインの下着の広告がセクシーすぎると、
俺の中で勝手に話題に!

一瞬ドキッとさせられますが、
これは2枚の写真のつなぎ合わせ。

コピーは

What you can´t see is all you want to see.





どこにランディングすんねん。

こんなデモンストレーションされてしまうと、
これは、CAさんと何かを期待してしまうね。

2012/08/19

出会いの強制力

結構前で、引っ越す前のことです。

カフェで本読もうと思ったんですけど、
横のカップルがよくしゃべって集中できなかったんです。

もういいや、と思って、そっちの話に聞き耳たててたんですが、
どうもカップルじゃないみたいんですね。

合コンか共通の友人を経て仲良くなったあとの
初めてのデート(?)っぽいお話をしているんです。

サークルはどこに入ってるの、とか。
バイトは何やってるの、とか。
〇〇ちゃんは〜〜なんだよー、とか。

で、二人のこの先についてちょっと不安になったことがあって、
好きな音楽と好きな漫画についてしゃべっているとき、
男子の方は「EXILE」とか『カイジ』とか言っているんだけど、
女子の方は「アジカン」とか「浅野いにお」とか言っていて、
男性の方がポカーン気味なんですね。


こりゃ、次のデートはないかなー、とか勝手に想像していたんですが、


でも、そうやって趣味のベクトルが一致しない二人が出会って
デートする強制力ってすげーなーとも思ったんですね。

普通のコミュニティでなかなかつながらない二人を
出会わせてしまう合コンや共通の知り合いの強制力みたいなものはすごいな、と。

サプライズとSとM

ふと、思った。

結婚式や二次会での本当のサプライズは、
サプライズが何もないことなのではないか。

それほど結婚の場で、
サプライズの既成事実化が起こっていると思う。
(でも、このことが悪いことは思っていません)


そのことを思った時、
大学時代に学科のT先生とお酒を飲みながらの
SとMの話を思い出した。


その先生曰く
ただイジられて、それを喜んでいるのでは、本当のMではない。 
どうしてもイジって欲しいときにイジられず、自分の状況を俯瞰して見て、
「そのMな欲望の満たされなさ」に快感を感じる。これこそ真性のMである。
そしてSに関しても同様である。
というお話。


さすがその業界では、変人で有名な先生。
これを聞いて、とても納得した。

だから、結婚のサプライズに関しても、
上のようなことを思ったのかもしれない。

2012/07/29

ファッションとSNS


先日、人と話していたこと。

===
SNSが発展したことに寄って自己表現の場所がひとつふえた。
そのためファッションの表現の場としての価値が
相対的に下がった。


ネット通販でも一定レベルで洗練された服を見て、
購入できるし、コーディネートも見ることができる。


ストリートスナップだって雑誌より、はるかに多い枚数を見られる。
だからファッション誌を買う必要性を どんどん感じなくなっている。

「試着ができない」というの心配もAR等の技術で
カバーできるようになってきていて、
むしろ試着できない分、自分のウエスト等のサイズを
覚えるようになっているのではないかとも思う。
===

この話をしていて
ファッションって自己表現のひとつだったなー
ということに改めて気がついた。


どう見られるかを明確に意識して
服を選んでいる場合は多くはないかもしれないけれど、
何を選んでいないかで、
一定の表現の意識は働いていると思う。




その昔、有名な写真家が
「写真は写さない。写真は表現する。」的な
ことを言っていたと記憶していますが、
服も着ることで、何かしらの表現しているんだなと
気がついた次第でございます。



そして、SNSでのつぶやきや写真も、
自分がどう見られたいかの表現であって、
ニュートラルな日常の記録ではない。

2012/07/16

リア充の爆発について

「リア充爆発しろ」って、
あまりいいことではないと思っています。 


なんてったって、
爆発したリア充を片付けるのは、
残った非リアの僕らです。


渋谷、代官山、中目黒とかの
オシャレスポットは、
そりゃあ、すごい大変だと思います。


どうせなら、
残った僕らも 面倒じゃない方が
いいでしょう。


だから、
「リア充、フワッと急にいなくなれ」 くらいの方が
いいと思っています。
 片付けの手間は、ほぼ0です。


でも、実際、
「爆発」も
「急にフワッといなくなること」も
ない方がいいです。


仲のいい友だちに
リア充な人いるし。。。

2012/07/01

美と創造と破壊


毎日、創られては壊される芸術作品がある。

女性の顔である。



先日、友人が
 
化粧とは儚い芸術作品です。
どんなに上手く作りあげたとしても
自らの手で作品を壊さなきゃならない…

的なことを
つぶやいていました。

なるほど。


1人が1年で、どれくらいの化粧を使うかが
分かるという動画があります。

1日に使う量は、薄い濃い等、個人差はあるので、
人によって、もっと少なかったりもっと多かったりするでしょうが
こんなにですか的な感じはあります。

▼コレ