2013/04/12

腑に落ちすぎている

忙しいというのは、言い訳にしかならないのですが、
最近、本当に視野が狭くなったなと思う。
というか、頭が同じ速さで一定の方向にしか回ってない。

学生の頃とか、もっと無駄なことに気がついて、
しょうもないことを、いっぱい言っていたと思う。

昔、シンガポールに行った時、現地の料理も食べたんですが、
吉野家も食べました。
そっちのほうが、すごいことなんじゃないかと思った。
だって、シンガポールで現地の料理を食べた話が出来る人より、
シンガポールで吉野家食って、日本と何が違うか話せる人のほうが、
日本には少ないはずだから。

これには、全然共感されないんですが、
学生時代は、こういうことをよく考えてた。

サボれは毎日が休日になる学生生活だったから、
使わないなりに思考は、
色々とどうでもいい方向に向いていたのだと思う。

今は、そういうことはない。
締め切りとか責任とかのために、頭の回転を一つの方向に
向け続ける圧力みたいなものが働いている。

世の中でおこっていることに、とりあえず納得しておくことで、
無駄なエネルギーを使わずに、締め切りとか約束を頑張って守っている。

千原ジュニアさんの言う
「腑に落ちすぎている」状態というやつです。

もっと日々の思考に余裕を持てるように、
仕事早く終わらせて、とっとと帰ろ。



ちなみに、シンガポールに行って、一番腑に落ちなかったことは、
シンガポールの名物カクテル「シンポールスリング」のリキュールの瓶に
「Made in Australia」と書いてあったこと。

2013/04/11

いい本を読んだ。(美味礼賛)

なぜ読んだかというと古本屋のワゴンセールで見かけたから。


多くのセール品の中から、なぜ手にとったかというと、
会社の人が昔メールで勧めていたのを思い出したから。


あと『陰翳礼讃』を買ったのにちゃんと読んでいないことを思い出したから。
この本を読んでも、そちらを読んだことにはならないのですが。


この本は辻静雄という美食家兼教育家の伝記的小説。
この人がいなければ「料理の鉄人」はあれほどの番組になっていないだろうし、
「ビストロスマップ」すら、今のようなかたちで存在しているかわからない。


それほどの人間のお話です。


ただ読んで面白いだけではなく、
抱えている問題意識とか、目標によっては、
強く背中を押してもらえる本になるかもしれません。


文章も平易でスラスラと読めてしまう、
そういった快感もあります。


どこかのレビューに書いてあったかもしれないけれど、
温泉旅館の部屋でダラダラ読んで面白い本なのかなと思いました。
この微妙なニュアンスは読めば分かる。
(他にもこういう本はたくさんあると思う)


そして、その日の夕食の見方が少し変わるはず。


読み終えたばかりで、
僕は、まだこの本の魅力のすべてを言葉にできていないのですが、
近いうちに書こうと思う。


いい本を読んだ。


2013/04/10

稀な人

少し昔の話。

僕がまだ学生で、
できちゃった結婚が、結婚の仕方として、市民権を得ていない頃、
所さん(だったと思う)が、できちゃった結婚を皮肉していった言葉がある。

うんこしたところに、
トイレたてるようなもんだ。

うまいこと言うもんだなー 、と思った。



そして最近、学生時代の友人が開けたお店にお邪魔して、
思い出話がてら、その話をしたら、
その友人が

でも、しょうがないじゃん。
うんこしたくなる場所だったんだよ。きっと。

さすがお釈迦様と同じ誕生日なだけあるわ。

2013/04/09

そんなことは実は歴史の中で一度もない。


R25(No.327)で伊集院静さんが言っていたこと。

「働く場がない者もいる」というライターさんの一言に返した言葉がこれだった。

そんなことは実は歴史の中で一度もない。
“好きな仕事がない”だけ。(省略)。
自分が好きで得意だと思うことで失敗すると
“わかってくれない”って思ってしまうが、
不得意な分野だったら、
自分の努力がたりないからだと思い、人は努力する。

憧れている仕事や、やりたい仕事は、
たくさんではないが、誰にでもいくつかある、
と思っている。

そしてその理想の周辺に、やりたい仕事ではないが、
お金をもらえるしやってもいいかな
という仕事がある。

そして、どちらかと言うと後者のほうが活躍できたりする。

自分の理想や「〜ねばならない」みたいな思い込みがないから、
人のアドバイスは素直に受け入れられるし、
やってみる事で気づく改良点や工夫点が見つかる。
その発見は、挑戦になり、自分の可能性を伸ばすポイントになり、
やがて、やりがいになる。

希望していない仕事のほうが、
欲望(お金)ベースで臨んでいるから
楽しさを感じられるハードルは低い。

逆にやりがいベースで仕事に臨むと、
「こんなはずじゃなかった」と、
高すぎた理想のハードルの下を現実がくぐっていく、
というようなことが起こる。

思い描いた理想の周辺にこそ、
思いがけぬ現実(いい意味で)があったりする。

2013/04/07

「じゃー、いつアウトプットいつすんの?」
「今でしょ!」


何かをするにも、考えるにも、忙しいのが現代人でありますが、
今週のR25(No.327)のインタビューで伊集院静さんが、
このようなことを言っていた。

一番忙しい人だけが新しいものを作っている。 
世の中の新機軸を見つけるのは、すごく忙しくて量をこなしている人。(省略)。 
なにかを“やっているなか”からしか見つかれないことがある。(省略)。 
忙しいときほど物の見方は広角的になるものです。

最近、忙しいからと、行動できず、
アウトプットのための情報収集で終わってしまいがちな
自分には耳の痛い言葉でした。


糸井重里さんの『ボールのようなことば。』にあった言葉にも

多忙は怠惰の隠れ蓑である。 
何回でもじぶんに言おう。

という至言、金言があることを思い出した。

これもまた、正鵠を射る言葉である。


2013/04/04

信じられること

本や音楽を語るとき、
○◯が好きだ、という人より、
□□が嫌いだ、という人の意見ほうが信じられる。


「嫌い」を語るには、
それだけ多くのモノやコトを
見て、聞いて、知っていなければいけないと思ているからです。
だから、嫌いをちゃんと語る人のいうことや
おすすめすることは信じたほうがよいと思っています。


「好き」は、ある種の自己肯定感から生まれると思っています。
できれば自分の貴重なお金と時間を費やしたものは、
ポジティブな価値のあるものであったと信じたいはず。
たくさん費やしたものほど、特に。
だから自分の体験したものを否定するのは、
結構、勇気がいることだと思っています。

その肯定したいという誘惑から自由であり、
何かを否定できる人のいうことは信じられると、僕は考えています。
そして、最もお金と時間を費やしている「人生」を否定的に語る人の
言うことは馬鹿にはできない。

真に受けてみる価値は、十分あると思う。

2013/02/12

2月11日、コンビニから帰ってきて、綴ります。


B.L.Tを読んで、最近の女性タレント情報をアップデートした。

すると、99年生まれが載っていた。
そのほかにも、90年代生まれが多く目につく。

動揺で手が震えて本棚にうまく戻せなかった。

僕は、まだ自分が老いていくことに慣れていない。

どこかでまだ自分は若いと思ってるな。

これは。