2010/09/05

一瞬の逆転

今日、カフェで本を読んでいると

隣で英語のレッスンをしていた。

もちろん英語で会話をしている。

でも、生徒にコーヒーをおごってもらって、

先生は、唐突に「アリガトウゴザイマス」と日本語で答えた。

少し不思議な感じがしたけれど、

何となくその気持ち分かる。

2010/08/29

同意の相槌進化論

「ー」(一心同体)
 ↑
「ねー」(同棲・結婚)
 ↑
「よねー」(付き合っている)
 ↑
「だよねー」(もうちょいで付き合う)
 ↑
「そうだよねー」(友達)
 ↑
(相手がいない)←イマココ


ということで、寝ます。

2010/08/18

ゆく川の流れは絶えずして、常にもとの水にあらず

淡水に住むクラゲの話

先日、人とご飯を食べていたら、

クラゲが大好きで、横浜の河に大量発生しているから見に行きたい、

という話をされた。

ほう。河にもクラゲっているのですね。

そう言うと、もう一人の人が、池にもいるらしい。

夏、熱くなると、どこからともなく現れるらしい。

ホントかウソかよく分からない情報を教えてくれた。

その話、僕は全然信じられなかったのだけれど、

仮に河にクラゲがいると仮定してみる。

河には流れがあって、海へと水は下っている。

水中に住む生き物はその流れに逆らって、その場に留まったり、

より上流に昇ってゆく。

クラゲも泳ぐのだけれど、そのスピードは魚に比べれば、大きくはない。

ほとんど流されているんだとうと考えられる。

クラゲの増え方は、クラゲのタネみたいなものが水の底に根を張ってはえる増え方をするから、

このタネも水に流される。

だから、クラゲはどんどん下流へと生息域を変えていく。

最終的には海へ。

海で生きられないクラゲは、汽水域で最期の時をむかえるのだろう。

こう考えると、川にクラゲが発生してるのはおかしいことにならないだろうか。

もうクラゲが地球上に現れて、かなり経つ。

それなのにまだ川で発生する。

考えられるのは、水蒸気に混ざって海から運ばれたクラゲの種が、雨とともに降り、川でクラゲを実らせるという説。

そうすれば川に現れる、池に現れるという事実も説明できる。

一つ心配なのは、海と川で異なる浸透圧の問題。

海クラゲと川クラゲが同じものだったらこの問題が残る。

しかし、川クラゲのタネが毎回川で生みだされ、海まで流れ、海の浸透圧に耐え水蒸気とともに運ばれれば、

この問題も解決する。

2010/07/13

食用パウル。

パウル君、食べられないそうです。

でも、ドイツの敗戦を当てたからって「食べてしまえ」というのはおかしいと思う。

彼は予言ダコなのだから、予言しているだけ。

予言って何かを希望することではなくて、未来に起こることを見て、未来を言い当てる行為。

予言そのものは、未来に起こる予言されていることに何にも影響を与えないはず。

予言することで予言された内容が実現されるということはあってはならない。

この場合だと、

パウル君が予言するにせよしないにせよドイツは負けていたということにならなければいけない。

パウル君が予言したからドイツが負けたというのなら、

それはパウル君の予言が試合の勝敗に何らかの影響を与えているわけだから、

それは厳密には「予言」とはいえない。

だからパウル君が本当に予言をしたというのなら、

パウル君はスペインから感謝される理由はないし、ドイツから非難される必要もない。

褒められる理由も、食べられる理由も彼にはない。

まあ未来を見事当ててすごいと称賛される理由はあると思うけど。

もし、仮に憎いパウルをドイツ人が食べたとしても、僕には一つ疑問が残る。

食べるという行為は自分の栄養、エネルギーにするということ。

そして自分の体の一部にする行為だと思うんだけど、彼らはそれでいいのかな。

そんなに憎ければ、食べないと思うんだけれど。

でも、そこは「食べる」という行為にどのような意味を見出しているかによるから、

文化、時代、個人によるとは思うのですが。

2010/07/01

ちょっと変だな。ドクドクの実。

あるものの毒性の有無は、その物をある生物が食べた時、

その生物にどのような作用をもたらすか、で決まる。

だから、「ある物質は、~にとっては毒だ」という風に言われる。

毒性は生物に相対的に決まる。

「毒」は相対的な性質の名前。

一方で、ゴムとか火は自然の中にある物質。

「ゴム」とか「火」は世界に存在しているモノの名前です。

つまり、「毒」は、「ゴム」とか「火」と名前カテゴリーが違う。

性質の名のついた悪魔の実は確かに他にもある。「ばらばら」「すべすべ」など。

でも、これって客観的な性質。

「~にとってばらばら」とかはない。(それを見る人の視力の良し悪しはあるけど、そういう話じゃない)

悪魔の実は、食べた人に客観的な体の変化を与えるわけだから、

その人の体は何らかの毒性を持った物質に変化します。

だから僕は

ドクドクの実を食べた時、それ食べた能力者の体はどの生物にとっての毒になるんだろう

と思うわけです。

あらゆるものにとっての毒でしょうか。

じゃあ、その物質の名前でいいじゃんってなりませんか。


そうですよね。なりませんよね。

物質名が39文字とかの可能性もあるし。

じゃあ呼びやすい名前がいいよね。

あ!

だから、「ドクドク」なのか。

2010/06/15

俯瞰してみたら、稲中っぽかったのかもしれない。

サッカー観ながら友人と

「オフサイドを男女の駆け引きで例えたら何にあたるのだろう」と考えていた。

駆け引きをほとんどしたことない僕らには答えを出せるわけもなく、

あーでもない。こーでもない。と議論していくうちに、

でも「人生、送りバント」より「人生、フォアボール」がイイヨネ!

という結論になっていた。

そしたら、日本が勝っていた。

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色んな人に色んなのを勧められ、

最近はこんなのを聞いています。

ジャンルに一貫性なし!

















2010/06/13

クリスマスケーキ

女性はよくクリスマスケーキにたとえられる。

というのも、クリスマスケーキが12月24、25日を過ぎたら全く売れなくなるように、

女性も24,25才を過ぎたら男性からチヤホヤされなくなるから。

友人が「クリスマスケーキとかホントやめて欲しいんだけど―」と言うのも聞いたことがある。

しかし、女性はそこまで危機感を抱く必要があるのかなとも思う。

クリスマスの後、日本にはお正月がまっている。

お正月と言えば、しめ縄と鏡モチ。

きっと女性すべてがクリスマスケーキなのではない。

しめ縄や鏡モチに例えられてもよい人も多くいると思う。

しめ縄や鏡モチは、新しい年を彩るための無くてはならないものであり、

その年の最後のお買い物でもある。クリスマス以降、31日までには購入されるものだろう。

25才を過ぎてから、相手の「家庭を持つ」という新たな人生のスタートを彩る華麗な花嫁になり、

相手にとってその人は人生最後の恋人でもある女性は

しめ縄、鏡モチと呼ばれてもよいと思う。(※ただし正月の後には、旧正月があるので注意)

しかし、そう呼ばれないのは、しめ縄も鏡モチもそこまで綺麗でなくスタイリッシュでもないからなのだろう。